アーユルヴェーダ情報局「個人の独自性」

<個人の独自性>

 

不当な評価を受けたり、一方的に決めつけられたり、また深く傷ついた心のままでいると、孤独感や孤立感を抱くようになります。私たちはみな、宇宙の創造物の一部なのだという意識が消え、ますます孤立していきます。悲しみや苦しみを自分だけのものと考え、人間は、喜びや悲しみを共有しているのだということも忘れてしまうのです。

 

現代のように、ストレスに満ちた社会で、本当の自分のままでいるのは非常に難しいことです。特に困難なのは、自分自身を確かめる手段が、感情や考え、心、そして肉体しかない場合です。心の奥に隠れている自分を感じると、内なる知恵に触れ、本当の自分を知るようになります。そういったイメージは、この感覚に気付いた人、その経験者だけ、感じることが出来るようになります。大切なのは、しっかりとした自分の独自性、あるいはアハンカーラ(我慢する心)を持つことです。そうすれば、嫌なことがあっても影響を受けることはありません。

 

独自性を持とうとして、本当の自分になることではなく、心を鍛えて、永遠に強い心を持ち続けようと考える人がいます。

そういう人は、いつしか自分はしっかりとした考えも判断力もある人問だと思い込むようになってしまうのです。そうなると、本当の自分を忘れ、なぜ、どのように、そんな考えをもつようになったのか、そしてこのままで果たして自分は健全に過ごせるのだろうか、ということも考えなくなります。  

 

そうした自分を直視するのは大変難しく、辛いことです。自分を深く見つめ直し、このような心の構造を変えるためには、

大変な勇気が必要です。自分が勝手に作り上げたフィルターが、本当の自分を見えにくくして、無限の可能性に気付くのを妨げてしまうことが良くあります。深い考えから生まれた独自性は、容易には変わることはありません。自分の幸せに関わる問題について、自分はどうしてそのように考えているのか、自問自答してください。自分の判断で、最善の結果が得られるのだろうか?やり方を変えれば、大きな可能性がひらけるということはないだろうか?もし変わることに抵抗を覚えるようでしたら、その理由を訊ねます。ただし批判的にならないようにだけ、考えを進めてください。その時期にならないと、変化は起こりません。ゆっくりと変化するのが望ましいのです。急激な変化は、苦痛を伴うだけです。

 

<私は誰なのか?>

 

これは答えのない質問です。しかし、静寂の習練や瞑想をしているときに問いかけると、体の隅々から明瞭な意識が立ちあがってきます。それは、言葉では表現できない感覚です。本当の自分との出会いといっても良いかも知れません。そして、心の傷が癒え、調和が訪れます。人によって経験の仕方は様々ですが、私は誰なのか?と、常に問いかけていることで、外でどんなことがあろうと、内なる知恵が発達し、苦しみに耐えられる救いの光を投げかけてくれます。

 

今回は以上となります。それでは、次回のアーユルヴェーダ情報局もお楽しみに~!