アーユルヴェーダ情報局「感情を理解するということ」

『感情を理解するということ』

 

感情をすぐに表に出す人は、抑えるより出す方が良いといことだと思っているようです。しかし、感情は抑えたり、表に出したりするのではなく、理解するものだとアーユルヴェーダでは教えています。理解することで、感情はかたちを変え、発散していくのです。

 

腹が立ったら、その原因となった出来事の裏に目を向けましょう。怒り、あるいは恐れというマイナスの感情の裏には、常にこれまで抑えてきた、深く、深く傷ついた心があります。癒されることなく、深く潜む感情は心を乱し、ついにはあなたのエネルギーを吸いつくすか、それとも病気となって表れてくるかもしれません。

 

心の傷を受けるたびに、そのすべてを自分ひとりで癒すことはできないでしょう。特に、ひとりで耐えるにはあまりにもひどすぎたり、また精神的衝撃を理解して受け入れるにはまだ未熟だった場合は、なおさらです。体と心には力強い生存本能があり、意識とは関係なく働いています。

 

恐怖症、あるいはそのようにはっきり診断されなくても、いつも異常な行動に走るのは、自己防御と否定の感情が働いているからでしょう。恐怖症の問題は、傷ついた心から目を逸らそうとすることです。せっかくのエネルギーが、健全な心を育成する方向ではなく、もっぱら否定し、逃げまわる方に使われてしまうのです。傷が癒されると、これまで否定したり、逃げたり、あるいは肉体的兆候として示すのに費やされていたエネルギーが解放されます。

 

心の傷を癒すためには、時間がかかります。ほんの少しずつ前進しては、ときには後退することもあり、やがてやっと内面の変化に気づく時がやってきます。理解し、受け入れ、心を解き放つ過程を経て、あなたははじめて変わることができるのです。深い、心の傷を癒そうとするとき、自分の体の状態や、現在自分の置かれている環境などを総合的に考え、内なる知恵に触れるのも、ひとつの方法です。

 

体と心に注意を向けながら、あなたが今味わっている思いについて訊ねるのです。なぜ、こんな目にあわなければならないのか、自分に問いかけます。内なる知恵にどんどん強く働きかけ、あなたにだけ理解できる方法で、教えてもらうのです。

あなたに必要な道を指し示してくれる内面の助言に耳を傾けましょう。その助言に気づくのは、あなたなのです。

そして、もっとも重要なことは、その助言にしたがって行動するということです。

 

まず、これまでの人生で出会った偶然、または偶発的な出来事を見つめてみます。賢者が耳を傾けていると思って、自分自身に素朴に問いかけるのです。即答や直接的な答が得られるとはかぎりません。毎日の日常生活のなかで、偶然としか思えないようなことが起こることがあります。誰かが、自分の心の琴線に触れるようなことを言ったり、参考になることが書かれている本をくれるかもしれません。

 

あるいは、心に抱えている問題について、新しいヒントを与えてくれる人に出会うかもしれません。このような偶然に出会う状況は人によってまったく異なり、論理的に証明できることではありません。しかし、かすかな助言を聞き逃さないように、常識とカンを働かせるのです。何度も繰り返しているうちに、だんだん慣れてきて、やがてあのとき自分はどう反応し、そしてどう感じたか、など、自分の人生をはっきり把握しながら歩むことが出来るようになります。

 

自分が体験したことを理解し、受け入れるようになると、誰かに支えてもらいたくなるでしょう。このように、受け入れることが出来るようになれば、抱え込んでいた心の痛みが消えていくのを感じるでしょう。苦しみを乗り越え、そこから得たものを身につける準備ができたのです。

 

『自分の苦しみを探る』

 

精神的、肉体的苦痛をうけたり、また感情的なトラブルに巻き込まれたら、焦らず、まず自分を見つめましょう。その苦痛やトラブルについて、またその苦痛を和らげるための具体策について、自分の考えを確かめます。苦しみを冷静に見つめ、感じ、心の中で問いかけます。その感情の性質をドーシャに結びつけて考えてください。辛抱強くすることが大切です。

 

洞察力をつけるには、練習を積むしかありません。確かな洞察力がついたことを自身で悟る為の、自分なりの方法を身につけましょう。自分を信頼し、内に潜む知恵のアドバイスを受けるのです。その知恵は日常の心のおしゃべりで、聞こえないかも知れません。この問いかけと観察の習練は、人生のどんな問題にも応用できます。問題に寄り添い、そのあらゆる側面を探ります。自分が観察者であることを忘れないようにしながら、愛情をこめ、辛抱強くこつこつと、理解と解決の鍵を求めてください。

 

『苦しみを乗り越える』

 

心に傷を受けるということは、大変辛いものです。その苦しみに向きあう気にはなれないでしょう。しかし、それを乗り越えるのも、その苦しみから解放されるひとつの方法です。例えば、死別の苦しみから救われるには、その苦しみを乗り越えるしかないとよくいわれます。悲しみも消えないうちに嘆くのをやめてしまうと、また別の精神的、肉体的障害が生まれます。そしてそれは、死別と関係が無いように思われがちなのです。苦しみを乗り越えるという考えを、あらゆる辛いことに活かしていくことが大切です。

 

『自分自身を愛する』

 

開放はひとつの過程であり、成長する手段です。どの段階にあっても、自分自身を愛することを忘れないようにし、一歩ずつ前進しましょう。誰しも、心と体の健康を目指し努力しているのですが、その出発点は様々で、万人に当てはまる正解ルートもありません。大切なのは、ゆっくり時間をかけ、育てるような気持ちで緩やかな規律を持って、日常的に行うことです。